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BALANCEと関わりのあるアーティストを紹介しています。
MUSIC,TATTOO,SKATE,SURF,SNOW,LOWRIDER,DANCE,FMX、BOXING等様々なジャンルのUNDERGROUND STREETWEARにふさわしいアーティストがBALANCEを盛り上げています。

www.balancesw.com

NANJAMAN (ナンジャマン) :レゲエ ミュージシャン

迫力のあるステージ。 NANJAMANアルバム用ハマー
FEAT BOOGIEMANとのコンビネーションも入る HOMETOWN! NOW ON SALE 渋いアルバム ELIMINATOR
大阪府出身。大阪で生まれ育ち18歳の時に横浜に移る。
現在は茅ヶ崎在住。88年に渡JAし、本場のDeeJay Styleに影響を受け歌いはじめる。
以来10数年間、常にシーンの最前線に立ち独自の活動で“リアルな声”に
飢えた不良や女の子達に語って聴かせてきた Based on a true story 名曲の数々。
ナンジャマンの魅力は何と言ってもリリックの世界観。男気溢れる強い部分と器の
大きさを感じさせる包容力「クヨクヨしててもしゃーないやん。元気だして行こーや。」
というどこか暖かい人間性に共感出来るのだと思う。だからNANJAワールドは老若男女問わず
自然と言葉が入っていく。これは彼から出ている人生観、嘘の無い生き様が感動を与えるのだろう。

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 新井田 豊 (ニイダ ユタカ) :プロボクサー WBA世界チャンピオン

2008ボクシングワールド KOの記事になります。
ちょーー早いパンチ! 世界6回防衛 達成!!YES!

1978年10月2日生まれ。横浜市出身。
1996年にデビューし、1RKO勝ち。
抜群の運動能力で早くから期待される。
2001年無敗のまま、初挑戦でWBA世界ミニマム級王座を獲得。
しかし防衛戦をすることなく引退する。
2003年に、1年10ヶ月のブランクを経て7月12日パシフィコ横浜で
いきなりの世界戦で復帰。対戦相手は、現WBA世界ミニマム級王者ノエル・アランブレット(ベネズエラ)。
結果は、1−2の判定。アランブレッドに惜敗。
2004年07月にWBA世界ミニマム級タイトルマッチに挑戦し、王座に返り咲いた。同年10月30日両国国技館にて、
王座統一成功。
2005年4月16日に武道館にて2度目の防衛に成功。
同年9月25日に3度目の防衛に成功。

担当トレーナーはデビューより、関光徳・及川秀文。

新井田豊
戦績・戦歴
新井田戦績:23戦19勝(8KO)1敗3分


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H-MAN (エイチマン) : レゲエ ミュージシャン

ナカナカナイ!アルバムついに登場 レゲエ馬鹿道場 マイク捌きはさすが!
諸法無我 ヤッバイアルバム登場!チェックチェック! 究極のレゲエお試しあれ!レゲエ馬鹿三味

横浜をベースに活動する職人肌DJ。10年前からマイクを握り始め、藤沢のクラブ「スターフィッシュ」で
MOOMINらと共にKING MAN CREWとして活動を開始する。初めての客をたったの一曲で自分のペースにハメ、
全ての観客にコール・アンド・レスポンスさせてしまう強烈なステージ・プレゼンスは圧巻。
97年に『BAD BAD east』(バッド・バッド・イースト)に収録されている
『BOOYAKA』で初レコーディング、2001年7月ファースト・ソロ・マキシ・シングル『Si Dung Pon Riddim』(シドン・パ・リディム)
をリリース、その他4タイトルのコンピレーションCDにも参加している。

2001年10月14日に日比谷野外音楽堂で行われたレゲエ・フェスティバル、『SOUL REBEL 2001』では、
超満員(3300人)の観客が一勢に“飛んで跳ねた”ため場外設置の受付用テントがガタガタと音をたてて揺れるという信じられない現象が起きた。これぞエンターテイナー、H-MANが彼のリリックの世界にオーディエンスを引きずり込んだ証であり、才能とキャリアに裏打ちされた実力を証明する事件である。他のレゲエ・アーティストの追随を許さないパフォーマンス力と卓越したリリック力はウィットに富み、もはや噺家の域に達していると言っても過言ではない。


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 彫 めい (初代彫ひと一門) :刺青師 TATTOOアーティスト
刺青コンベンション マシンも両使い
藤沢にスタジオがある彫めい氏 手彫りからマシンなど使いこなすアーティストです。
1973年長崎県生まれ、神奈川県育ち、20歳で師匠と出会いその後23歳で
初代彫ひと一門の弟子となる。川崎タトゥ・スタジオバクにて部屋住み修行を
始め、師匠の教えにより日本の伝統的な刺青を中心にワンポイント・タトゥ
まで勉強し、5年間の修行を終えて28歳で、湘南藤沢タトゥスタジオ彫めい
をオープンさせる。
伝統的な技法である手彫りも行い、和彫り・洋彫り・ワンポイントと幅広く
人気を持ち、持ち前の前向きな姿勢、明るい性格、人脈の広さで指示を得ている。

神奈川県藤沢駅前[彫ひと一門 彫めいスタジオ]
問い合わせ:0466-54-5432

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 Jr.Dee (ジュニアディー) :レゲエ ミュージシャン

ラバダブマスタージュニアディーー!! ニュータイプのアルバムリリース(SOUND WAVE)イーイーよ!
カッコイイアルバム THE CAPTAIN踊れるよ! 全てコンビネーションニューアルバム
静岡県出身。レゲエ・バンドをやっていた兄の影響を受け、17歳(1989年頃)から
地元でマイクを握る様になり、18歳で横浜に単身赴任。横浜レゲエ・シーンの源流とも言える
サウンド・システム・クルー【バナナ・サイズ・ハイファイ】に所属のアーティストとして加入。
発足当時のV.I.P.レコードより、いち早く音源をリリースするなどし、ナンジャマン、パパ・ユージらと共に、
第一世代のダンスホール・アーティストとして、現在も第一線で活躍するマイティ・クラウン、ジャムテック、
ファイヤー・ボールらに大きな影響を与える。1993年より2年近くに渡って、ジャマイカ、ニューヨークに長期滞在による
海外武者修行も経験。帰国後、クルーには属さないフリーなスタンスで活動を続け、現在に至る。
70〜80年代のスタイルを彷彿させる独特な芸術と、日常生活からトピックスを拾い上げる親近感溢れる
リリックで、レゲエの現場に欠かせないタイプのエンタテーナーとして、横浜を中心に広い支持を得ている。

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上田 豪(ウエダ ゴウ):プロスケーター

スクールからメーカーまでもこなすスケーター オーリーマガジンにも掲載されたフロントサイドオーリー
新潟ボウルにて フロントサイドグラブ 13MINDにてスケートDVDもプロデュース
上田組2完結
日本を代表するトッププロスケーター、上田豪
葛飾区柴又生まれという生粋の江戸っ子ながら現在は埼玉に拠点を構え、スラッシャー・
ジャパンなどスケート専門誌を始め多くのメディアで活躍している。さらに、都内はもちろん全国各地のスケートパークとストリートを巡り、リアルスケーターとしての活動も精力的に行っている。
日本に多くのスケーターが存在するなか、彼ほどアグレッシブな滑りを披露できるスケーターはいないだろう。そういいきれるほど、彼の滑りにはスケートボードならではのスピード感と緊張感、そしてラジカルかつエモーショナルな魅力が詰まっている。10代後半をスケートパークの聖地、カナダのバンクーバーで過ごし、その後は大型セクションをフル装備した今は無きモンスターパーク、ウィキッズの看板ライダーとして活躍してきた上田豪。そんな過程を経て生まれた彼のスタイルには、日本では類を見ないダイナミックな動きと他を凌駕する圧倒的な迫力がある。
しかし何よりも注目して欲しいのは、スケートボードと向き合う彼の姿勢。様々な危険がつきまとうスケートボードにおいて、1つのトリック完璧にメイクするのは至難の技といえるが、上田豪が滑る姿からは、メイクへの強いこだわりと、その壁を乗り越える断固たる信念を感じ取ることができるだろう。「メイクするまではどんな激しいスラムにも負けない」、そんな本能的な闘争心をムキ出しにしたストロングスタイル全開の彼の滑りこそ、まさにスケートボーダーの真の姿ともいえる。
上田豪のスケートを通して、スケーター達が挑む真剣勝負、そこから生まれる数々のドラマ、彼等を虜にし続けるスケートボードの本当の魅力を肌で感じ取ってほしい。

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フォーマーアクション :ストリートPOPPIN”ダンサー

TVにも出演のフォーマーアクション KITE
MADOKA ISH
・KITE、マドカ、イシの3人からなるPOPPIN‘チーム

 ・結成して約7年。

チームでは数々のコンテストで優勝し、個人でも多くのバトルコンテストで優勝している。

都内の様々なクラブだけでなく地方などのクラブなどでゲストダンサーやバトルの審査員としてイベントに参加。

ショー以外ではPVやCM、TVの番組にも出演し、BENNIE Kなどのアーティストのバックダンサーや振り付けなども担当している。他方では、日韓
交流の舞台など海外と関わる仕事にも力を入れ、ダンサーとしてだけでなくイベントを主催する側としても活動し、都内で「POP LOCK BOX」とい
うOld Schoolのイベントも手がけている。

個人では、都内外でスタジオにてインストラクターとしてレッスンを持ち、活動中。


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 HYENA (ハイエナ) :ウエストコースト、Gファンクミュージシャン

THE KNOWLEDGE ON EIGHT-ONE-HIGH パワーのあるライブ!
 THE LIFESTYLE (CD ALBUM)
THE LIFESTYLE RELEASE PARTY In Association with CROSS ROAD 045
95年に、RAPPERとして音楽活動を開始。独自のHIGH LIFEを元にWEST COAST、G-FUNKに影響を受けたFLOWを持ち味にする。
車中心のLIFE STYLEから生まれたSOUND、映像が浮かぶ歌詞の世界がハイエナのオリジナルスタイル。さらに現場叩き上げ主義の姿勢からこなしたLIVEの数は想像をはるかに超える。
そして、遂にかさむ愛車の修理費用を稼ぐためにもCDをリリースする。間違い無く、昨今、盛り上がりを見せるWESTCOAST・ローライダーシーンに新たな一石を投じるアーティスト「ヤるときゃヤる!!」男...である。
フィーチャリングも数多くこなし、(客演としてDS455、B-NINJAH&AK-69、GIPPER、NEECH、L.G.Y、65SYNDICATEの他、自作で、BIGRON、TONYTHABULLa.k.a.GANXTACUE、II-J、DESTINO、Arkなど...)
独特の存在感を出している。HYENA自身も愛用している洋服ブランド「JOKER」のモデルとしても活躍中。
3枚目となる作品「THE KNOWLEDGE ON EIGHT-ONE-HIGH」も好調リリース中。

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TAKA (タカ) 小泉貴文 :FMX (フリースタイルモトクロス)

お昼休み休憩のTAKA お台場デモンストレーションぶっ飛びースタイル!
バックフリップ(縦に360度回転) コンテストにてこのギャラリー
フリースタイルモトクロス (FMX) とは?
 モトクロスの一番派手な部分、ジャンプセレクションをメインに空中で様々なトリックを披露し、アメリカではX−GAME等で技の得点を競い合う競技。大自然の山や海などの傾斜を利用しBIG AIRも可能なのがFMX!
小泉貴文(TAKA)
 3歳の時、家族の影響でモトクロスを始める。6歳から初レース参加。16歳迄でキッズスーパークロスに出場し関東選手権出場。 1998年(18歳)国際B級ライセンス昇格(セミプロ)、2000年全日本MX選手権国際B級250CCクラスシリーズチャンピオン。2001年国際A級昇格、2年間全日本に出場する。
 その後環境の変化を求めオーストラリアへ練習&トレーニングの為移住、オーストラリアでの大会等仲間を通じて改めてMOTO−Xの魅力に気付きFMXに出会う。帰国後茨城に移住しパーク制作などし福島のPRO FMXRIDERにセッションの誘いを受け2006年からPRO FMX RIDERとして活動が始まる。
 バイクに乗る楽しさ、乗れる環境そして日本に数少なFMX RIDERとしてもっとSHOEなどシーン全体を盛り上げ子供から大人まで遊べるMOTO−XPARKの実現を広めている。
☆ 1988年ホンダHARTキッズレース優勝。1990年キッズスーパークロスシリーズランキング10位。1991年キッズスーパークロスシリーズランキング3位。1993年キッズスーパークロスシリーズランキング12位、鈴鹿サーキット日本決定戦11位、ジャパンスーパークロス神宮球場80CCクラス14位。1996年
全日本モトクロス選手権国内B級125CCクラス2位、250CCクラス2位、関東モトクロス選手権シリーズランキング125CCクラス5位、250CCクラス6位。1997年全日本モトクロス選手権北海道大会国内A級125CC優勝、関東モトクロス選手権シリーズランキング125CC6位、250CC6位。〜200年全日本選手権シリーズ
ランキング国際B級250CCチャンピオン。2002年〜2003年オーストラリア クイーンズランドチャンピオンシップ最終戦ライトクラス 優勝など。





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三並 ヒロヤス (ミナミ ヒロヤス):元プロスノーボダー

720度 グラブエアー ぶっ飛びーー!!
わかるかなー 360度のメランコリー
スノーボード歴11年
NITROチームの元一員として、夏から秋にかけては
トリノオリンピック4位のジャコモクラッティア、ルーカスホフマ等と
ヨーロッパを活動しトレーニングをしてきました。

日本ではHP全日本大会の出場や西関東5位。
スノーボードビデオの出演や雑誌の掲載など多数あり。
今は仕事をしながらも山へは足を運び楽しんでします。

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DJ RYUUKI  (リューキ) :WEST COAST DJ

hgp所属 楽曲も提供する若手DJ 2 STRET part.5 - WATER FLOW - (CD ALBUM)
My Way Only Way (CD ALBUM)
2 STRET part.4 -eclipse of the sun- (CD ALBUM)
バックグラウンドを栃木に持ち、現在では横浜、東京を拠点にWEST COASTを中心に活動中の若手DJ。
DJ / 
トラックメーカー/エンジニア/さらにトークボックスを使いこなし着々と各方面のアーティストに楽曲を提供する(HYENA、DESTINO、
GIPPER、NEECH、B-NINJAH & AK-69、PHOBIA OF THUG、GANXTA CUE a.k.a.TONY THA 
BULL etc...) 他、自身のWEST COAST MIX CD SERIES「2 
STREET」も、スピード感、心地よいG-FUNK、CHICANO RAP SOUNDを独特のMIXセンスで仕上げ、各作品とも好評を獲ている。
現在では全国各地でのPLAYも増え、今後も大注目のDJ RYUUKI。

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720 (ナニオ) 高橋 アキラ :サーフスケート

720(ナニオ)のニックネームで指示を受けている。 POWER RIDING!
一撃のカットバック! YES!
23年間のベテラン サーフ&スケーター、鎌倉をホームとし熱い滑りそしてパワーあるライディングが指示されている。
 サーフコンテスト鎌倉支部予選〜全日本まで数々の豊富なコンテスト出場経験があり、スケートボードでもブラックフライやインタースタイルなどのデモンストレーションもこなすオールラウンドプレーヤー。
またサーフスケートのダブル総合コンテストも4位と好成績を残す。
 THE SURFSKATE DVDにも出演し数々のユーザーから指示を受けている。
スポンサー:ブラックフライ、バスターウエットスーツ、ニクソン等

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TAQ (ティーエイキュー) : サーフスケート 

TAQ(テーエイキュー) BIGなフロントサイド
フロントサイドグラインドNO.1 フロントサイドグラインドNO.2
1975年3月16日茅ヶ崎生まれ、 小6でボディーボードを始め
16歳、18歳、でパイプラインマスターズ日本代表、19歳でProボディーボードを引退
Proサーファーを目指しオーストラリアに1年、カルフォルニアに半年留学したが夢叶わず帰国
遊びでやってきた  SurfSkate に光があたり始める
GODDESS   CUP    優勝、  BAREL  CUP    優勝、  DA  PARK  サマーシリーズ  優勝
SURFSKATERS    スケート部門  優勝、   唐津SURFSKATERS    スケートクラス  優勝
スポンサー(フレンドシップ)は、Team   LINE,   HOT LINE,   S.S.C,  K.G.C.  THREE  DICE,
  BALANCE,   アクション
ムーダーワン、 1614、  S&S、 ダッチパッション
2007年  ZEN のボランティア活動に参加、柳島のL字型ボール設置にたずさわる。
2008年  MYT-Aブランドを立ち上げ、子供の頃にあったらいいなを与える大人になるため
ボランティア活動をし、夢の実現に日々奮闘してます

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波方 千秋 (ナミカタ チアキ) :スノーボードライダー

ロングハンドレール.2 ロングハンドレール1
独自のクオリティーの高いDVDも制作
ネット配信番組「LOCAL STYLE」/ホストMC
THE PARK BATTLE 石打丸山/大会MC
THE PARK BATTLE 水上宝台樹/大会MC、
スノーボード天国2007in前橋グリーンドーム/イベントMC
Fun Life Snow Production IMS/代表
  
06COUNTDOWN JIB SESSION /BEST  TRICK賞                                                                 
STEP 2nd STAGE /BEST8
スノー雑誌「snowstyle」2006年.3月号 /「独特の軸で攻める19歳」記載
ファッション・サーフ誌「ファイン」2007年./「おすすめSnowWearコーディネート」記載 
 
 ☆実家の裏山で初めて板を履き、中学生の頃からプロになる事を夢見て兄と本格的にはじめ、大会などに出るようになる。
  16歳の時に親に豪語し初めて山に篭もり活動をはじめ、自分の分岐点にもなったSclover3(日本トップスノーボードチーム)と出会いさらに魅了され、
翌シーズンにはメーカーサポートを受けるようになる。
「プロだからうまいとかかっこいいとか、プロだから楽しめてるじゃなくて、
その楽しさや感覚は個人個人が味わうものでプロという肩書きや理由
なんてない。雪山の遊びをどれだけ楽しめるか、やっていることはみんな一緒。
楽しいから板を履いて雪山で遊ぶ。楽しいから止められない。
それがスノーボードだと思う。
好きなように滑り、好きなように表現する事ができると思うし、そこに肩書き
なんていらない。だから自分なりに表現して伝えたいていきたい」
と言う同じ境遇の中で出会い同じ意見を持った仲間と集まって「Fun Life Snow Production IMS」を立ち上げる。
ファッションだったり、音楽、自分を取り巻く環境からリアルに発信していけるようなライダーを目指して活動しています!!

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伊波来夢(いなみ らいむ) :PRO SKEATEBODER

今後期待のプロスケーター
スピードスターと言う形容詞が当てはまるプロスケーターと言ったら伊波来夢。
プロレーサーだった父の影響も、また地元鈴鹿サーキットで繰り広げられる数多の戦いを
見てきた彼にとってスピードという世界はごく自然に身に付けられた武器である。
小学一年生よりアルペンスキーを始め、夏はヨーロッパでの合宿、
中学時代東海地区アルペンスキー強化選手として活動中ににじん帯損傷、
スキーを断念、そしてスケートボードと出会う。
4輪の新たな乗り物を得た彼の快進撃は止まらず、1997〜1998年にAJSAアマ年間総合ランキング準優勝を
獲得し三重県初のプロスケーターとなる。
以降この10年、中部エリアのスケートシーンを牽引してきた。
ハンドレール、ギャップ、バンク、どんなストリートスポットでも
常に最高速のスピードでアタックし続ける彼のスケーティングに魅了される
スケーターは数知れず。
スピードの向こう側を求め続ける伊波来夢のスケートライフに、BALANCEが
さらなる華を添えるべく彼をクルーに迎え入れた。
B.S.W   PRO SKATEBOARDER . GO UEDA

アマチュア時代の活動内容
1994年(15才) スケートボードを始める、地元のコンテストで優勝する。
1995年(16才) B7のコンテストで優勝、B7のライダーになる。
1996年(17才) この頃よりアマチュア全国大会に出場し、AJSAアマ戦にてプロ昇格権獲得。
1997年(18才) 前年度のプロ昇格を辞退し、再度AJSAアマチュア最終戦に出場する。
         AJSAアマ最終戦優勝、年間総合ランキング準優勝、プロ昇格権獲得。
プロ昇格後の活動内容
1998年(19才) AJSA公認プロスケーターになる。この頃に上田豪氏と知り合う。
         プロスケーターになってからは、大会出場、大会ジャッジ、テレビ雑誌ビデオ等メディア出演、
         スケートイベント出演、国内外でのスケートツアー、スケートスクール講師など、
         スケートボードとともに人生を爆走中。
         (AJSA大会結果においてはhttp://www.ajsa.jp/参照してください)
2005年(26才) DVD上田組に出演
2007年(28才) 上田豪氏との四国ツアーに参加する
2008年(29才) DVD上田組2に出演、13MINDクルーと共に京都デモに参加


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阿部 裕輔 (アベ ユウスケ) : プロデューサー

ありがとうございます。 A−RAMEN!
NIGHT STYLES フリートライン
15年のスケート歴、ランページを得意とし、だいぶ昔(笑)のAJSA全日本バーティカル部門3位
神奈川支部ランページ大会優勝。
各地でスケートデモをやり、16歳頃レゲエクルー(キングマン)を結成、今や活躍中のムーミンや
Hマン等とライブ活動を共にし、18歳でロサンゼルスとのコネクションにより、各ブランドらの
代表やデザイナーとのコンタクトや取引によりバランスストリートウエアを立ち上げた。
現在では「バランスブランド」のオーナーとして、ウエアーやイベント、アメリカとのコンタクトを大事にし
クルーと共にシーンの活性化を計っている。

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